スタッフブログ”4大ロックフェスティバル②”

2017.12.17 STAFF BLOG スタッフブログ”4大ロックフェスティバル②”

こんにちはMusic Planet(ミュージックプラネット)の鈴木アフロです。先日幼稚園に面している道を歩いていたら、園児に指を指され「変なあたまー」と笑われてしまいました。最近自分の中では意識していなかったのですが、変わっている髪形をしていることに改めて気が付かされました(笑)

さて前回は日本4大ロックフェスの一つ、フジロックの創世記についてお話しさせていただきました。今回は苗場に場所を移してからのフジロックについてお話しさせていただきます。1999年第三回目、苗場に場所を移してからは今まで2日開催だったのが3日になり更に出演するアーティストの数も飛躍的に多くなりました。ステージの数も多くなりメインのグリーンステージのヘッドライナーはそれぞれ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ブラー、ZZトップが務めたんですよ。そしてホワイトステージにはアンダーワールドやハッピー・マンデーズなどが登場し会場を大いに盛り上げてくれました。
そして第4回目の2000年。1日目と2日目のグリーンステージのヘッドライナーを務めたのは何と日本人のバンドでした。1日目は同年の5月に解散を発表したBLANKEY JET CITY。すでにラストツアーは終えており大変貴重なステージとなりました。2日目のグリーンステージのヘッドライナーはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT。1日目と2日目のメインステージのヘッドライナーを務めたのは後にも先にも第4回目だけで、日本のアーティストの底力を見せつけてくれた二日間となりました。

そしてきたる21世紀一発目のフジッロック。第5回目の2001年、初日のヘッドライナーを務めたのがオアシスでした。僕自身もオアシスが大好きで10代のころはよく聞いていたものです。さらにニューオーダーが再結成後来日してホワイトステージに立った事でも話題になりました。第6回目の2002年は何といってもレッチリが主役。前回のリベンジをするかのようにステージを盛り上げてくれました。

それ以降の年でも2005年にビルボード1位を獲得したコールドプレイが登場したり、2007年にはビィースティ・ボーイズが初登場。更にはキュアーが23年ぶりに来日したり注目を集めました。その後もマイ・ブラッティ・バレンタインが17年ぶりに復活を果たしたり、忌野清志郎の追悼の為に「忌野清志郎スペシャル・メッセージ・オーケストラ」が結成されたりと数々の伝説を生んできました。2016年に20周年を迎え今後も盛り上がりを見せるだろうフジロックフェスティバル。冬まっただの中、すでに来年のフジロックが楽しみにしているのは僕だけでしょうか。

では今回はこれまで、また次回。

JASRAC